あの日はあたしの誕生日だったのに。






「お父様、お母様…私、これからどうしたらいいの…?」

『泣かないで』

『この剣が君を護るから―――』

「だれ?」

『僕は南の国から来た王子。名は―――』







Dear, My Prince   I










「ン…うーん…またあの夢かぁ…」

いつも見る夢 それは、大切な王子様の名前だけが思い出せない。



ここは大陸の最北の国、フィーリア。
春は緑であふれ、寒い冬には人々が身体を寄せ合って過ごす。
比較的小さな国ではあるが、こんな若い少女が国を治めていられるのはそれ故かもしれない。

たった今目覚めた姫―シアは、寂しげに呟き大きく伸びをした。
彼女が見た夢は10年前のある日のこと。
それは10歳の誕生日であり、彼女が両親に取り残された日でもあった。
誕生日前日、国王である父と母は隣国へと会議へ出かけていた。
「あしたのパーティまでには戻るからね。ごちそういっぱい食べましょう。」と、言葉を残して。

当日、次々と訪れる様々な国からの訪問客に挨拶を交わしながら、期待の気持ちは高まる一方だった。

両親が道中盗賊に襲われたという知らせを聞くまでは。



その日から、シアにとって誕生日は、ただの公的行事と化した。
プレゼントもゲストも要らない。
ただ、こんな幼い私がこれからこの国を治めることをどうかお許しくださいと、周りを驚かせた。

それからは隣国の王たちや、残された大臣たちの補佐を受け、政治を必死に勉強し、今に至る。
こんな強い意思と行動力を持った姫を、愛さない国民はいなかった。
国王を亡くし、荒れるかと思われた国は次第に元の色を取り戻し、今や互いを思い合うことのできる暖かい国となった。

皆のシア姫を護りたいという一心から、そうなったのだろう。






コン、コン



早朝の部屋にノックの音が鳴り響く。

「はぁあい」

「シア様、失礼します。おはようございます」

入室してうっすら微笑んだのは、シアがいつもどおりと予想していた人物。
暑苦しい鎧に包まれて、少し長い黒髪を後ろで簡単に束ねている、背の高い男。
年は20代半ばほどだ。

「おはよ、ノイズ」

ノイズと呼ばれた男は、7年程前から姫の護衛にあたっている。
身分の差さえなければ、2人は幼馴染のような関係といっても良いだろう。
彼は若くしてずば抜けた剣術を認められ、戦うことに無知であるこの国から、今や必要不可欠な存在とされている。

「よく眠れましたか?」
「寝すぎて目が腫れる位だよ。最近暇なんだもん」
「そりゃ、この国は平和すぎますからね。良いことですよ。」
「う〜!!なんっか事件でも起っきないかな〜??」
「コラコラ。そんな都合よく…」

バターン!!
「姫様ーっ!!」


・・・事件は起きた。

あまりのタイミングのよさに、ふと見たノイズの表情は迷惑顔。
飛び込んできたのは長年勤めている一人のメイドだった。

「なんだ騒々しい…」
「もっ申し分けございません!!えっと、でも…」
「…?その書類は?」

見れば、そのメイドの手には、古びて黄ばんだ書類があった。
彼女の慌てぶりの原因と容易に見て取れる。

「はいっ!書庫を整理しておりましたら、出てきまして…ほら、これって旧国王陛下の字でしょう?」

そう言って見せられた書類には、確かに見覚えある父の字が綴られていた。
古びてしわくちゃになりかけてはいたが、その力強い字体は変わらない。

「…だね。何の書類?」
「外交行事の…招待客リストです。」
「「!?」」

シアもノイズも驚きを隠せない。
他国を招待する行事といえば、限られるものだ。
国際会議、政治裁判、同盟締結。そして―――出産や誕生祝など。

「もしかしたら、王子様の名前とか国籍がわかっちゃうかも…?」
「…もしかしたら。…ですね」

名前のわからない彼のことを知りたいと思ったことは数え切れないほど。
夢を見るたびにもう一度会いたくてたまらなかった。
何も与えられなかった彼の情報が今、明かされるかもしれない―。

パラリと、独特の手触りのする書類をめくっていく。

《南北条約締結記念親睦会》
《関税改革(10××年)》
《条約改正(10××年)》
  ・
  ・
  ・
《シア姫誕生日パーティ(9歳)》
《シア姫誕生日パーティ(10歳)》

どくん、と心臓が音を立てたのがわかった。
慌ただしくベッドの横の引出しを開けると、大陸の地図を取り出し、リストと見比べる。

「シア様。先にご朝食を…」
「こっちが先っ!!」

この姫は何かに夢中になるととことんのめりこむ傾向があった。
そんなシアの様子に、ノイズははぁ、と小さくため息をつき、メイドと共に退室した。





小一時間ほどしたころ、シアはやっと城の者と顔を合わせに出て来た。
姫より先に朝食を食べるのは気がひけたのか、まだたくさんの人が朝食の席についたままだった。

「あ…ごめんなさい。あたしったら、何も考えてなかった…。」
「かまやぁせんよ。姫様の自己中心ぶりは、今に始まったことではない」

一人の老人がそう言うと、部屋中が笑い声でにぎわった。
もっとも、旧国王陛下の時代からこの国の国務大臣として彼女らを支えてきたその人の言動だからこそ許されるのかもしれないが。

見れば、隣にいるノイズも笑いをこらえていた。
それもそのはず、この姫の自己中ぶりに一番悩まされてきたのはこの男に他ならないのだから。

「それでどうじゃ?王子の居場所とやらは、見つかったのかね?」

老人が興味深そうに聞いてくる。
シアは自分の失態に少し頬を赤らめながらも席に着き、ふぅーと長いため息をついた。

「大体ね〜。南から参加した国は少なかったし、それに10代くらいの王子がいたとなると、限られてくるし。
 …だけど、さすがに名前まではわかりそうにないなぁ〜」

食べ物を口に含み、一点を見つめたまま黙ってしまったシアを見て、老人は笑った。

「姫様はその王子様に、恋をしていらっしゃるのかな?」
「こッ恋!!???」

慌てふためくシアを見て面白そうな顔を浮かべているのを見れば、あからさまに遊ばれているのがわかる。
しかし幼い頃の話なので、やはり困ってしまう。

「恋…なのかな?でももう一度、会いたいよ…すごく」

あたしに光をくれた人だから、と小さな声で付け足すように囁いた。
するとその老人はまた楽しそうに笑った。

「ふふふ。そんなに会いたいのなら、姫様から会いに行けばよかろう?」
「…え!?」

「この国のことならわしらにまかせればよい。なぁに姫様が無力とは言わぬが、皆職歴も長い。
 この平和な国フィーリアなら、少しくらい姫様が怠けようとご心配には及ばんよ。」
「・・・」

「ただ、ひとつだけ。必ず戻ってくること。皆姫様を愛しておるからの」

見回せば、一同は皆優しい笑みを浮かべていた。

「…ん。うん。ありがとう!あたし…会いに行きたい!」

驚いた顔が笑顔に変わったとき、皆はもう一度、幸せそうな笑顔で笑った。
そして老人は、一息ついて今度はノイズに向き直る。

「さて、ノイズよ…姫様を頼んだぞ。南へ行くとなると、あそこは少しばかり…いやかなり、治安も悪い。
 戦歴もないわしらでは、行っても足手まといにしかならんからの。姫様は任せたぞ」

何度も、何度も言い聞かせるような口ぶりに、突然の話の展開についていけないノイズはキョトンとしていた。

「ノイズ?」

シアが声をかけると、ノイズははっと我に返った。

「シア様。南部は荒れた土地。危険な旅です…よろしいのですか?」
「うん、あたしは死んでも後悔しないっ!!…あ、うそうそ。
 これでも、ノイズが教えてくれた剣術はしんありマスターしてきたつもりだしっ!!」

たった今の約束を忘れそうになったのを思い出し、言い直すと
ぶんぶんと腕を回して必死に許可を求めようとする姿がなんだか微笑ましかった。

「わかりました。南の王国までの旅路、責任を持って私がお守…お護り致します」

こうして、あたしとノイズの旅は始まった。






to be continued...

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文責 詞音 (2006.12.26)










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